認知症と在宅医療
<認知症と在宅医療>
〜在宅医療においてよく遭遇する認知症に関する基礎知識をご紹介します〜
通院困難な方を対象とする在宅医療において、在宅医療の対象となる認知症の方は少なくありません。高齢で身体機能が低下した方に認知症が合併している場合もあれば、身体的には一応自立しているものの認知症は進行していて病識はなく病院への通院を拒否する方まで、その状態は様々です。
また、認知症に関しては、患者さんが多い一方で専門医が少ないことも問題となっています。このため、専門ではない医師が認知症の診療を行うこととなり、記憶障害を認めただけで精査をせずにたんに「認知症」もしくは「アルツハイマー病」と病名がつけられ、漫然と認知症治療薬が投与されている現状があります。しかし、実際には認知症に間違えられやすいが全く別の病態や、治療可能な認知症も存在し、アルツハイマー病は認知症全体の約50-60%程度です。もちろん、半分以上はアルツハイマー病ですのでアルツハイマー病について詳しく知ることは認知症を知ることにつながりますが、必ずしも認知症イコールアルツハイマー病ではないことを理解する必要があります。認知症のタイプが異なれば、その症状や対応も異なります。このため、この記事では、認知症に関して、その疫学から診断、分類と治療に関してご紹介しようと思います。
<認知症の疫学>
〜認知症高齢者は400万人ほどいると推計されており、2025年には700万人を超えると予想されている〜
平成24年の厚生労働省の報告によると、認知症高齢者は約462万人で、認知症と正常の中間に当たるMCI (Mild Cognitive Impairment)の方が約400万人と推計されています。これは、全国65歳以上の高齢者3079万人に対して、認知症の有病率を15%として推計した数字です。一方、要介護認定データをもとに「認知症高齢者の日常生活自立度」Ⅱ以上の認知症高齢者の割合からは、平成24年データで約305万人と推計されています。認知症の有病率は加齢とともに急増することも知られており、5歳刻みで倍増し85歳から89歳では40%以上が認知症で、全認知症者のうち約半分がこの年代にいると考えられています。また、団塊の世代の多くが75歳以上の後期高齢者となる2025年には認知症の方が700万人を超えるとも推計されています。高齢化率世界一の我が国において、認知症はとても身近な疾患です。
<認知症の症状>
〜認知症の主な症状は、記憶障害である。周辺症状と呼ばれる徘徊や妄想、興奮などが出現すると介護が困難となる〜
認知症の主な症状として認知機能障害が挙げられます。認知機能障害とは具体的には、記憶障害、失語、執行、失認、遂行機能障害などです。
この中でも記憶障害がもっとも代表的なもので、しばしば「もの忘れ」と表現されます。記憶障害にもいくつか種類がありますが、アルツハイマー病では近時記憶障害といわれる数分前のことを忘れてしまうことが多く見られます。実際の検査では、「桜、猫、電車」などの3つの単語を言い、すぐに繰り返させて覚えていることを確認し(これは即時記憶と言われます)、その後他の課題を与えて注意をそらせて、3−4分後に最初に与えた3つの単語を答えさせることで近時記憶障害を評価します。一方で、昔の記憶は認知症がずいぶん進行するまで保たれていることが多いため、特に離れて暮らしている家族は認知症に気付きにくいです。
また、認知機能障害の他に、認知症では行動・心理症状Behavioral and Psychology Symptoms of Dementia (BPSD)と呼ばれる症状を認めることがあります。BPSDは周辺症状や随伴症状と呼ばれることもあります。行動症状は、興奮、不穏、攻撃性、徘徊、性的逸脱行動、暴言などが含まれ、心理症状には抑うつ、不安、幻覚、妄想などが含まれます。いずれも、認知症の本人とご家族を困らせる原因となりやすく、特に介護者への負担が問題となることが多いです。
<認知症の診断>
(認知症は一つの病名ではない。診断においては、まず検査を行い認知機能障害を認めるかどうかを評価する)
認知症とは、「一度正常に発達した知能がなんらかの理由で慢性的に低下し、社会生活や家庭生活に影響を及ぼす状態」とされています。つまり、一つの病名ではありません。認知症というと、アルツハイマー病が最初に思いつく方が多いと思いますが、実はアルツハイマー病を診断するのは診断の流れにおける最終段階です。
認知症の診断では、まず認知機能障害を認めるかどうかを評価します。この評価には、長谷川式簡易知能評価スケールや、Mini Mental State Examination (MMSE)といった質問式の検査が用いられます。一応、何点以下は認知症の疑いが高いという基準点は定められていて、最近は同様の検査がインターネット上でできるサイトもあります。しかし、実際にはもともとの知能レベルによっても点数の意味合いは異なるため、基準点以上でも認知症の場合もありますし、基準点以下でも認知症ではない場合もあります。認知症診断の際には、この点数だけでなく、どの課題ができなかったかを見ることで、脳の障害されている部位や認知症のタイプを同定することに役立てます。また、認知症ほど認知機能障害を認めないものの、正常よりは認知機能障害を認めるものをMCIといいます。最近の報告では、MCIと診断された方の約半数は3−4年のうちにアルツハイマー病に移行し、さらに長期間フォローすると約9割の方が最終的にアルツハイマー病に移行したとのデータもあります。
<認知症と間違えられる状態・疾患>
〜認知症と間違えられるものとして、正常加齢、うつ病、せん妄、飲み薬の影響などがある〜
検査にて認知機能障害を認める場合、次に考えるのは一見認知症に見える別の状態ではないかという評価です。この一見認知症に見える別の状態の代表例としては、正常加齢のもの忘れ、うつ病、せん妄、飲み薬の影響、アルコールの飲みすぎ、などが挙げられます。
認知症と正常加齢のもの忘れの違いとしては、認知症で見られる記憶障害が出来事自体を丸ごと忘れるのが特徴であるのに対して、正常加齢ではとっさに思い出せないことが特徴で忘れるのも出来事の一部です。また、認知症の多くは認知機能障害に自覚症状がいない一方で、正常加齢では認知機能障害を自覚しています。
うつ病でも、頭の回転が遅くなることから認知症のような症状を認めることがあります。高齢者では特に認知症とうつ病の判別が難しいことが多く偽性認知症とも言われます。認知症の初期症状としてうつ病を認めることもあり、また、若い時にうつ病の既往がある方はその後認知症となるリスクが高いことも知られています。
せん妄とは、意識の障害が起こり頭が混乱した状態となることです。一見すると認知症のように見えますが、1日の中での症状の変動が大きく、その多くは一過性で数日で回復することがほとんどです。認知症にせん妄が合併し、認知症が一気にすすんだように見えることもあります。
飲んでいるお薬の影響で認知症のような状態となることもあります。原因となりうる薬剤は多く、胃薬、抗うつ薬、パーキンソン病の治療薬、ステロイド、降圧薬、鎮痛薬、睡眠薬などが挙げられます。原因となっている薬をやめることで、症状のほとんどは回復します。
<治療可能な認知症>
〜治療可能な認知症として、甲状腺機能低下症、ビタミンB1・B12欠乏症、慢性硬膜下血腫、正常圧水頭症、脳腫瘍、などが挙げられる〜
次に、治療可能な認知症について判断する必要があります。
治療可能な認知症としては、
- 甲状腺機能低下症
- ビタミンB1・B12欠乏症
- 慢性硬膜下血腫
- 正常圧水頭症
- 脳腫瘍
などが挙げられます。このため、認知症に対する検査としては、血液検査で甲状腺機能低下症やビタミンB1・B12欠乏症の評価を行い、頭部CTや頭部 MRI検査で慢性硬膜下血腫、正常圧水頭症、脳腫瘍の評価を行います。
甲状腺機能低下症では、全身の代謝が低下して思考力や記憶力が落ちるほか、全身倦怠感や、発汗の減少、便秘、手足のむくみが見られます。
ビタミンB1欠乏症は極度の偏食やアルコール依存症を原因として発症し、全身倦怠感、動悸、手足のむくみ、筋力低下を認めます。
ビタミンB12欠乏は胃の手術後に起きやすく、貧血、起立性低血圧、感覚異常を伴います。
慢性硬膜下血腫は、頭を打つなどの外傷をきっかけとして1から2ヶ月かけて硬膜と脳の隙間に血がたまり、この血の塊が脳を圧迫することで症状を起こします。頭痛や麻痺、記憶障害を認めます。記憶障害のため頭を打ったことを忘れていることもあり、またそれほど激しい外傷でなくても発症することがあり注意が必要です。
正常圧水頭症は、認知機能障害、失禁、歩行障害が特徴です。脳脊髄液がたまりすぎることで発症し、このたまった脳脊髄液をほかの場所に流すシャント術によって治療を行います。
<アルツハイマー病>
〜いわゆる認知症の中で最も多いのがアルツハイマー病〜
治療可能な認知症を除外した段階で、狭義の認知症、いわゆるみなさんがイメージする認知症の診断に移ります。この認知症の中で、最も多いのがアルツハイマー病です。調査によっても異なりますが、日本では認知症の約6割がアルツハイマー病と考えられています。アルツハイマー病は、もの忘れや時間の感覚がなくなるといった症状から病気が始まり、徐々に理解力や判断力が低下し日常生活に支障をきたすようになります。記憶障害があることに関しての切迫感はなく、診察の際に昨日の夕食の内容といった記憶を尋ねる質問に対してすぐに横にいる介護者の方を向いて「どうやったかね」と聞いたり(振り返り現象)、取り繕って別の話に置き換えることなどが典型的にはみられます。発症は65歳以上が多いですが、若年性アルツハイマー病として65歳以下に発症することも少なくありません。最近、日本ではアルツハイマー病が増加していることが報告されています。うつ病の既往や、糖尿病、喫煙歴があるとアルツハイマー病になりやすいことが知られていて、社会的な交流や運動の習慣があるとアルツハイマー病になりにくいことも知られています。
<アルツハイマー病以外の認知症>
〜アルツハイマー病以外にも、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などがある〜
アルツハイマー病に次いで多いのは血管性認知症です。脳梗塞や脳出血といった血管障害が原因で起こる認知症で、血管障害が起こる部位によって様々な症状を認めます。また、血管障害が新たに起きるたびに階段状に症状が進行することも特徴です。新たな血管障害を予防することで認知症の進行を抑えることができるのも他の認知症と異なります。また、血管性認知症の初期には記憶障害は目立たず意欲の低下のみを認めることがあり、認知症と診断されにくいことも特徴です。以前は日本においてはアルツハイマー病よりも血管性認知症が多いとされていましたが、最近アルツハイマー病が増加している一方で、血管性認知症は減少していると考えられています。血管障害のリスク因子として、高血圧、糖尿病、高脂血症、が挙げられ、これらをきちんと治療することで血管性認知症の発症を減らすことができ、また、発症した場合でも悪化を防ぐことができます。禁煙や節酒、運動の習慣によっても血管障害を減らすことができます。
アルツハイマー病と血管性認知症に次いで多く、最近特に注目されているのがレビー小体型認知症です。注目されていると言っても医学の世界においての話で、一般にはまだ聞き馴染みのない病気だと思います。病気が発見されたのが比較的最近であることもあり、認知症専門医や認知症ケアに携わる人以外ではレビー小体型認知症に関して十分な知識を持っていない場合が多いです。レビー小体型認知症の有病率は認知症のうち十数%と考えられており、決してまれな疾患ではありません。ゆっくりと認知機能障害が進行することからアルツハイマー病と診断されることが多いのですが、幻視やパーキンソン病のような症状を経過の途中で認めます。幻視は、人や動物、虫などが鮮明に見え、「知らない人が部屋にいる」など具体的な訴えをします。パーキンソン症状は筋肉の動かしづらさと、動作の鈍さ、小刻みな歩行、表情の乏しさなどです。これにより転倒の危険性が増します。また、症状に変動が大きいのもレビー小体型認知症の特徴で、1日の中で症状が変動することもあります。他にも、便秘や尿失禁、起立性低血圧などの自律神経症状や、一過性の意識消失や失神、嗅覚異常やこれに伴う味覚異常を認める場合もあります。妻が浮気しているといった嫉妬妄想も、レビー小体型認知症で多く見られます。
前頭側頭型認知症は上記の3疾患と比較すると有病率は低いですが、早期からの行動の脱抑制や共感の欠如、口唇傾向や食事の変化といった症状が問題となり介護者を困らせることが多い疾患です。脱抑制として、暴言や暴力、下品で性的な行動、不衛生で身だしなみを整えることができない、などの症状がみられ、危険運転や万引きといった問題行動として現れることもあります。口唇傾向として炭水化物や甘いものを急に欲しがるようになったり、喫煙や飲酒の増加なども認めます。前頭側頭型認知症は、比較的若い年齢で発症することも知られていて、65歳以下の認知症では有病率が高まります。また、早期には記憶障害を認めにくいことも特徴です。
<認知症の治療>
〜認知症ケアの中心は、認知症の方の尊厳を保ち、認知機能が障害された病気の部分ではなく、残存した健康な部分に注目することである。薬は現在4種類がありそれぞれに特徴がある〜
認知症は、残念ながら現時点では完全に治すことはできないため治療としては対症療法が中心となり、認知症ケアとして生活障害を改善することが目標となることが多いです。認知症ケアの中心は、認知症の方の尊厳を保ち、認知機能が障害された病気の部分ではなく、残存した健康な部分に注目することです。
記憶の間違いをつい指摘してしまいがちですが、これによって認知症の方は傷つき、かえって興奮することもあります。物を置いた場所を忘れることで、盗まれたと思い込み物盗られ妄想が出現することがありますが、介護者が見つけてきて渡すと、「やっぱりお前が盗んでいたのか」とかえって物盗られ妄想を悪化させることもあります。共になくした物を探し、しまっていそうな場所に誘導することで発見することができれば物盗られ妄想の悪化を防げます。また、嫉妬妄想に関しても自分の役割が小さいと感じていると出現しやすいことが知られています。多くは男性の認知症者が妻に対して嫉妬妄想を抱きがちですが、これは機能が落ちた認知症者を妻が介護し身の回りのことを全て代わりに行うことで、認知症者は自分の役割が小さくなったと感じ自信を喪失する中で起こってきます。この状況で妻の外出時間が増えると、何もできない自分に愛想をつかして外で別の男を作って浮気しているに違いないと思い込み嫉妬妄想が生まれます。このため、嫉妬妄想に対応するには、妻は外出時間を一時的に減らし、次に認知症者である夫に何か役割を与えます。特にマッサージは有効で、マッサージをしてもらいながら妻自身も疲れていることを夫に伝えると、妻との間に感じていた格差が減り嫉妬妄想も和らぐことが多いです。
認知症に対する薬物療法としては、認知機能障害に対する認知症治療薬があります。現在本邦では、4種類の認知症治療薬が発売されていて、それぞれ認知症の進行を遅らせる効果があるとされています。しかし、目に見えて認知機能障害を改善することは少ない一方で、不眠や便秘、焦燥感などの副作用を認めることがあり注意が必要です。
BPSDに対しても、環境調整や認知症ケアで対応困難な場合には薬物療法を行います。特に興奮が強い場合には、抗精神病薬と言われる主に統合失調症に使用する薬剤が必要となる場合もあります。一部の抗認知症薬や抗精神病薬を認知症高齢者の行動障害に使用することで介護負担や介護時間を減少させるという報告はありますが、一方で転倒や誤嚥性肺炎などのリスクが高まり死亡率が高くなることも報告されています。使用する場合には、主治医から十分に説明を受けメリットとデメリットについて十分に理解した上で、薬を開始することが望ましいでしょう。
<在宅医療における認知症治療>
〜認知症治療において在宅医療のメリットは大きい。また、通院を拒否する認知症の方でも在宅医療であれば受け入れ可能な場合も多い〜
認知症高齢者の治療において、本人に認知機能障害が軽い場合や、認知機能障害がすすんでいても病院受診を拒否せず介護者が付き添うことができれば外来通院が可能ですが、本人に病気の自覚がなく病院受診を拒否する場合には外来通院は困難となります。認知機能障害が進んでいても、BPSDがみられず他に身体疾患もない場合には通院をしないという選択肢もありますが、BPSDにより介護者が困っている場合や、高血圧や糖尿病などの身体疾患のため内服が必要な場合などには在宅医療の適応となります。
病院に行きたがらない認知症高齢者が在宅医療を受け入れるだろうかと疑問をお持ちになる方もいらっしゃるでしょうが、病院受診は嫌でも在宅医療は受け入れるという方は少なくありません。これには、いくつかの理由が考えられます。病院受診の際には事前予約して来院し、長い待ち時間ののちに診察に応じた後、薬の受け取りにも手間がかかるといった病院のルールに合わせて行動することが、認知機能障害を抱える認知症高齢者は私たち以上に大きくストレスに感じることが理由の一つかもしれません。また、病院の治療は悪いところ(病気)を治療し治すこと(キュア)を目標としているのに比べて、在宅医療は、その人らしさを保ちケアを行うことを目標としているため病気という意識がない認知症高齢者にも受け入れやすいことが考えられます。認知症高齢者が自分は病気だということは否認していても、何か調子がおかしく以前のように万全ではないと感じていること(これを私たちは、「病識はないが病感はある」と言います)も在宅医療での診察を受け入れる理由として考えられます。
認知症高齢者のBPSDの治療において、在宅医療は入院治療と比較して抗精神病薬の使用が少なく、BPSDの症状も抑えられたことが報告されています。一般に認知症高齢者は環境の変化によって調子を崩すことが多いため、入院し治療を行うよりも在宅医療で治療を継続する方がBPSDを抑えられることと考えられます。
また、認知症患者の介護者に対し、ケアマネージャーが定期的に訪問しケアについての教育や精神的サポートをすることは、介護者のQOLを向上させるだけでなく、認知症高齢者の施設入所を減らし介護者のうつ症状を軽くするという報告もあります。デイサービスとデイケアについても、認知症患者の生活状態や認知機能の低下を抑え、BPSDや抗精神病薬の使用を減らす可能性があるという報告もあります。このように、在宅医療・介護が認知症治療において有効であるという知見が蓄積されています。
内田 直樹
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